しみ取りについて・その3(肝斑と太田母斑様色素斑)


 お顔には、年齢とともにいろいろな色素斑が生じてきます。それぞれ取り方が異なるので、まずは一つ一つの同定(診断)から入ります。これを鑑別診断と申します。
 その中でも、通常の「しみ」(老人性色素斑)と、とくに区別が必要なものとして、今回は肝斑と遅発性太田母斑様色素斑を例示します。

ケース1 普通のしみと肝斑の混在
こめかみのあたりに大きなしみと、頬全体に広がる肝斑、その上に散在するそばかす様の小さなしみがあります。
 
 まず、大きなしみと細かなそばかす様のしみとを、Qスイッチレーザーで取ってやります。
そのあと、レーザーカーボンピーリングを繰り返して、ゆっくりと肝斑を薄くしていきます。下の写真は5回終了時です。
レーザーカーボンピーリングと言うのは、カーボン粒子を懸濁したミネラルオイルを外用したあとで、弱い出力の1064nm波長のレーザー(QスイッチYAGレーザー)で焼いていく方法です。肝斑に効果があります。
 カーボンを塗らずに1064nmの弱い出力の照射だけを繰り返すレーザートーニングという施術がありますが、これとほぼ同じ機序で肝斑が薄くなるのだと考えられます。(使用する機械も、メドライトC6という、レーザートーニングを行うのと同じQスイッチYAGレーザー機種です)。
 
ケース2 遅発性太田母斑様色素斑

 これも、肝斑と同じく、両目周りに左右対称的にパラパラと現れる色素斑なのですが、ふつうのしみや肝斑との違いは、色調にあります。やや青黒い感じです。
上の写真は典型例ですので、このケースで診断を誤ることはないでしょうが、中には、普通のしみと区別が難しい場合もあります。
 皮膚科学的には「真皮メラノーシス」と呼ばれる分類になりまして、色素が真皮というやや深いところにあります。
 Qスイッチレーザーには、ルビー・アレキサンドライト・YAGの3機種がありますが、太田母斑様色素斑は、QスイッチYAGレーザーでなければ取れないことが多いです。
なぜかというと、

レーザー光の波長と深達度のグラフを示します。

 Qスイッチレーザーには、ルビー、アレキサンドライト、YAGの三種類がありますが、ルビーレーザーの波長は694nm、アレキサンドライトは755nm、YAGは1064nmです。波長が長くなるにつれて深くまで作用します。
 ルビーやアレキサンドライトでは、真皮の浅い部分までの色素は焼けますが、深いところまでは取れません。例外的に、皮膚の薄い方や、色素が真皮の浅い部分にのみあるケースでは、取れることもあるでしょうが、ルビーやアレキサンドライトでは取れないがYAGでは取れる、というケースのほうが多いです。

下の写真はYAGレーザー1回照射して1年後です。まだ色素が残っています。普通のしみは1回で必ず取れますが、遅発性太田母斑様色素斑の場合は、半年以上空けて(半年以上空けるのは、戻りじみ期間中は再照射ができないためです)2~3回の照射必要になることがあります(1回で取れるケースのほうが多いですが)。
 色素が、深いところから浅いところにかけて重層していて、初回照射時には、深いところの色素が浅いところの色素で遮られてしまうためでしょう。

 2回目の照射から1年、初回照射から2年後です。合計2回の照射で、ほぼきれいになりました。

 普通のしみをとるにあたっては、3種類のQスイッチレーザー、ルビー、アレキサンドライト、YAGの中で優劣はありません。どれかでは取れるが、どれかでは取れないなんて話は聞いたことが無いです。重要なのはQスイッチ機構(※下に解説あり)を備えていることであり、あとはエネルギー量など照射条件の問題です。
 (もし、ルビーでも、アレキサンドライトでも、YAGでも、どのQスイッチレーザーでもいいですが、普通のしみが一回の照射で取れなかったとしたら、それは担当医によるエネルギー量の設定が低すぎたということであって、レーザーの種類のせいではありません)
 
 しかし、普通のしみと鑑別診断上重要となる、肝斑や遅発性太田母斑様色素斑の治療をも視野に入れたとき、3機種のうちでどれがベストかというと、だれがどう考えてもYAGです。それでは、なぜ世の中の美容皮膚科の先生がたに、ルビーやアレキサンドライトを選ぶひとがいるかというと、これは健康保険適応上の理由だとわたしは思います。ルビーやアレキサンドライトレーザーの場合、一部健康保険適応となる皮膚疾患があるからです。

 ですから、保険診療と美容皮膚科の自由診療を並行してなさっている先生のところには、ルビーやアレキサンドライトが採用されていることが多く、うちのような、自由診療オンリーのところは、YAGレーザーを採用していることが多いということになります。
 保険診療のほうに力を入れている先生にも、自由診療で健常人のしみを鑑別診断も含めて徹底的に取ってやろうという先生にも、それぞれの考え方というか、力の入れ所があるということですね。
 当クリニックには、HOYAフォトニクス社製のQスイッチYAGレーザーが2台あります。万が一故障して、半分しみを取ったところで中断したり、せっかくお休みを取って準備万端の体制でご予約いただいたのに施術できませんじゃお客様に申し訳なくて、院長として心が痛みますから。

※Qスイッチ機構とは
 これが備わっているレーザーでは、出力をいくら上げても、皮膚にやけどを起こしません。
よく、エステサロンや、医院であっても脱毛用のレーザーで、しみも取っているところがありますが、これらのレーザーにはQスイッチ機構が付いていません。
 Qスイッチ機構のないレーザーでも、取れるしみはありますが、出力を上げなければ取れないしみもあります(濃いしみより薄いしみのほうが取れにくい)。そのようなしみをQスイッチ機構のないレーザーで無理に取ろうとすると、やけどを生じます。
 ですので、脱毛に力を入れている先生方の中には、取れるしみは自分のクリニックで脱毛用レーザーで取って、取れなさそうなしみは、私のようなQスイッチレーザーのある医院へ紹介なさるかたもいらっしゃいます。
 なお、脱毛用のレーザーで、Qスイッチ機構がついているものは、理論的にありえません。なぜなら、脱毛というのは、色素のある毛にレーザーを照射することによって、その周囲にある毛根細胞(色素がない=Qスイッチレーザーには反応しない)をやけどさせることで、永久脱毛へと導くからです。言い換えると、色素を持った細胞以外の周辺細胞をやけどさせることの出来ないQスイッチレーザーでは脱毛は出来ません。
 Qスイッチ機構のついているレーザーであれば、濃い薄いに限らず、取れないしみはありません。出力の調整だけです(弱すぎると取れないことはあります。いわゆる「切れ味」というのは、出力の問題であって、ルビー・アレキサンドライト・YAGといった機種の問題ではありません)。
(2010.5.13記)