ヒアルロン酸注射による失明について(その2)

その1は→こちら

1 解剖的知識についての補足

 解剖学的知識についてまとめておきます。

(Iatrogenic retinal artery occlusion caused by cosmetic facial filler injections. Am J Ophthalmol. 2012 Oct;154(4):653-662.より引用)

 一般的には眉間あるいは鼻根部が危険部位と言われていますが、法令線への注射で失明することもあるようです。上図は2012年に韓国ソウル大学が12例をまとめて報告した文献からの引用です。11例中5例で法令線に注射されていました。
 それでは、眉間・鼻根と法令線だけが危険であとは大丈夫なのか?というと、そうでもないことは、先回紹介した中国の報告が示しています(→こちら)。上まぶたやこめかみといった個所への注入でも事故例が報告されているからです。
 解剖学的には下図のように説明できます。

 
目の周りには、小動脈が網目状に張り巡らされています。これはsupraorbital a. やfrontal a.、lacrimal a.とつながっています。
 これらはいずれも眼動脈(Ophthalmic)の枝です。ですから、運悪くこの細い動脈に針先がちょうど入ってしまえば、塞栓は起こりうるわけです。
 こめかみの辺りには、superficial temporal a.のfrontal branchがあります。ここから眼動脈への流入もある、ということです。そう考えなければ説明がつきません。
 解剖を知れば知るほど、「安全な個所などないのではないか?」と感じてしまいます。あえて言うと、目の下は外出血しやすい個所ではありますが小動脈は発達しておらず、症例報告もないので大丈夫かなあ?と思います。

2 ヒアルロン酸以外のフィラーなら安全か?

 そんなことは無いです。そもそも日本で最初に報告された失明例は自己脂肪の眉間への注入によるものでした(日眼会誌、111巻1号p22-25)。2006年のことです。
 また、すでに引用した中国および韓国の報告には、コラーゲンによる例もあります。およそ粘調なものを注入すれば、一般的に生じうる合併症だと言えます。
 PRP(血小板濃厚血漿)に関しては、ゲル状に「活性化」して注入する方法でなければ安全なはずです。「活性化」したものは血栓そのものと言ってもいいですからリスクはあります。私が考案した方法(→こちら)は、抗凝固剤・血小板凝集抑制剤を加えたサラサラ血漿なので大丈夫です。

3 失明したあと視力は回復しないのか?

 必ずしもそうでもないです。世界で始めてヒアルロン酸の注入で視力障害を来たした報告は、2006年のドイツのものですが(Retinal branch artery occlusion following injection of hyaluronic acid (Restylane).Clin Experiment Ophthalmol. 2006 May-Jun;34(4):363-4.)、この例では「回復した」と記されています。また、前述の韓国の報告の中にも視力がある程度回復したケースがあります。
 しかし大部分は回復しないようです。

4 針の工夫について

 マイクロカニューレという針があります。

上図のように先端が鈍になっていて、血管を傷つけにくいというものです。最近はこれを用いてヒアルロン酸注入を行う施設も多いようです。
 「痛みや内出血を軽減します」という謳い文句で紹介されていることが多いようですが、これ絶対、血管内塞栓による失明のリスク軽減目的で皆さん導入されているんだと思いますよ。「失明のリスクが減るかもしれません」と書くとお客さん引いてしまうから書かないんだと思います。
 有難いことにYouTubeに動画もあります(→こちら)。鈍針ですから、皮膚に刺さりません。なので、最初に普通の針でつついて小切開しておく必要があるようです。
 とりあえず、私もマイクロカニューレを積極的に使用していこうと考えます。
 ただし、明らかに(100%)血管内に入るリスクの無い個所、すなわち小じわに対して非常に浅く打つ場合には、これまで通り鋭針を使います。マイクロカニューレだと、細かい仕上がりはしにくいでしょう。
 法令線や鼻などの深部に打つ場合は、これからはマイクロカニューレでなければ怖くて打てないかもです。

 もう一つ、私のアイデアを紹介します。通常の針では、下図のように塞栓(embolism)を起こしえます。

 そこで、下図のように通常の鋭針に細長く切れ目を入れてみます。この長さは小動脈の直径(約1mm)の2~3倍くらいあればいいでしょう。

 すると、もし血管(動脈)に当たった場合、動脈内は陽圧ですから、ピンク矢印のように血管内→組織に向かって出血(内出血)が起きるはずです。ここでシリンジに圧を加えても、ヒアルロン酸は流出圧に押されて血管内に入りにくいのではなかろうか?
 デメリットとしては、動脈に当たった時に血管外への出血量が多くなりますが、むしろそれは血管に当たったサインと考えて、ヒアルロン酸の注入を中止すればいいです。動脈に入っていることに気が付かずに注入して塞栓がおきるわけですから。

 こういう針が、技術的・コスト的に作製可能かどうか、メーカーの方に問い合わせてみました。可能なようです。来週クリニックまで打ち合わせに来ていただくことになりました。
 
 このテーマについては、また続き書きます。お楽しみに。
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 文末にちょっと蛇足かもしれませんが・・私は開業以来ずっと非吸収糸によるたるみの引き上げを施術してきています。
 多くの方が「糸は怖い、ヒアルロン酸でちょっとだけ直して欲しい」とおっしゃいます。
 糸よりヒアルロン酸注射のほうが、よほど怖いと思いますよ。といっても飛行機が落ちるくらいの確率だとは思いますが・・。
 今回のお話は、「安全だと思っていたヒアルロン酸ですら、こんなに怖いのか!」ではなく、「安全だと思い込んでいたヒアルロン酸のほうが、実は怖かったのか!」と驚いてください。
 人間でも、優しそうな人が意外と恐かったり、恐そうな人が意外と優しかったりってあるじゃないですか。そういうことです。

 その3に続く→こちら
(2014年9月26日記)

ヒアルロン酸注射による失明について(その1)


 非常に深刻なテーマではありますが、現実に合併症として存在する以上、タブー視して触れないわけにもいきません。
 ただし、「こんな合併症がありますよ、怖いですねー。」で終わってしまっては芸が無いので、なんとかこれを回避する工夫について考えてみたいと思います。

 まずどうしてヒアルロン酸注射で失明することがありうるのか?というメカニズムですが、下の眼球周囲の血管の分布図をご覧ください。
一番左の太い血管(内頸動脈)から眼動脈が分かれています。これが眼球を栄養する血管枝を出した後、最終的に目尻のあたりから皮膚に上がってきて皮膚を栄養する血管となっていきます。


 ヒアルロン酸を目周りの小じわの改善のために打った時に、この細い動脈にたまたま針先が入ってしまい、そこから逆行性にヒアルロン酸が血管内に入っていくと、眼動脈の基部のあたりまで達することがあるようです。確率的にも非常に低い話とは思いますが、実際にそういう報告が複数ありますから、100%起きないとは言い切れません。


症状としては、注射直後からすぐに視力が低下して見えなくなってしまうので、たとえば今このブログを読んでいる方、「先週ヒアルロン酸を打ったばかりだけど、これから失明するかもしれないのかしら?」と不安にならないでください。あとから視力が低下したという報告はありません。直後に症状が現れるようです。

 私も開業して10年以上、毎日のように目周りのしわにヒアルロン酸を打っています。延べ数でいうと一万例近くになるでしょう。しかし、アレルギーや末梢皮膚の軽い壊死の経験はありますが(→こちら)、失明という合併症は経験がありません。
 「これまで大丈夫だったから、今後もたぶん大丈夫だろう」と楽観的に考えることも出来なくもないですが、お客様から見れば、ずいぶん不安な話です。どうしたらこういう取り返しのつかない合併症は100%回避できるのか?について研究しておきたいと考えました。

1.注入量の問題か?

 まず実際の症例報告について。実は今回この問題をいちどじっくり研究しておこうと考えたのは、日本眼科学会雑誌の今月号に症例報告が掲載されたのを知人の眼科の先生に教えていただいたからです(日眼会誌118: 783-787.2014、美容整形目的で鼻背へヒアルロン酸注射後に眼動脈閉塞を来した1例)。20才の女性が、鼻根および鼻背にヒアルロン酸0.7mlを注射した直後より、右眼失明したという症例です。
 ネット上で公開されている医学報告もあります(→こちら)。リンク先は中国の医学雑誌で、11人の患者の症例報告をまとめたものです。ヒアルロン酸だけではなく、脂肪注入やコラーゲンでの失明も含まれています。一覧になった表を引用します。

 
この表を見ると、注入量がちょっと多いかな?と感じます。最少はcase10の上まぶたへの0.6mlですが、上まぶたに0.6mlと言うのは、私の感覚ではかなり多いです(私はせいぜい0.2-0,3ml)。case10は鼻で0.9ml、先の日眼会誌の報告も鼻で0.6mlですが、私はこの部にもせいぜい一回に0.2-0.3mlです。
 それで、「注入量が少なければ安全なのだろうか?」と考えて計算してみました。小動脈と言うのは、内径がだいたい0.5-1.0mmくらいのようです。皮膚から眼動脈の基部まで、だいたい5cmくらいとしましょう。すると血管内容積は直径0.5mmの場合、0.25×0.25×3.14×50÷1000 = 0.01ml・・。直径1mmとしてもこの4倍ですから、0.04mlです。たまたま動脈内に針先が入ってしまったら、かなり少量でも眼動脈の根元まで達しそうです・・。

2.注射部位の問題か?

 ネット上では、「解剖に熟知していない初心者が注射するとこういうことが起きる。自分は形成外科のエキスパートであり、血管走行の解剖を熟知しているから大丈夫だ。」と豪語する先生もいるようです。しかし、血管の走行というのは、anomaly(変則・例外)が非常に多いです。判りやすい例が右胸心です。心臓が左ではなく右にある人だっています。こんな小動脈が全ての人で解剖図譜通りに走行しているわけがない。

 「鼻にヒアルロン酸は注射しない」というポリシーの先生もいます。しかし、上の中国の症例を見ると、注射部位は鼻に限りません。額やこめかみ、上まぶたなど様々です。リスクを完全に避けるためには、眼周りには一切の注入系の施術はしない、が正解でしょう。

 実際、私も少なからず悩んでいます。今まで運よく、こういう悲惨な合併症に当たらず過ごしてきた。しかし、今クリニックは混んでいて(現在予約7ヶ月待ちです)、「眼周りには一切注入系の施術はしません」と宣言したところで、経営に支障はない。守りの観点からも、いっそそうしようか?とも思います。
 しかし、私が止めました宣言したところで、ヒアルロン酸を眼周りに打つ施術は無くならないだろう(他の先生たちは打ち続けるだろう)。この際、失明と言うリスクを100%回避できるうまい方法はないものか、とことん考えてみたほうが社会的にも有意義だ、そう考えて今こうやって記しています。

 話はそれましたが、要は「注入部位の問題ではない(解剖学的知識の問題ではない)だろう(はずだ)」ということです。(解剖についての補足は→こちら

3.注射時の圧力はどうだろうか?

 動脈というのは、内圧が高いです。眼動脈も、径が細いとはいえ、60mmHg 以上の圧は持っているでしょう。


 すなわち動脈内と周辺の組織とは、もともと60mmHgくらいの圧差があるはずです。
  ヒアルロン酸を組織に注入するときには、組織を押し広げていく感じですから、抵抗があります。ある一定の圧以下ではまったく入らないでしょう。ある圧力以上でようやく入るようになる。この圧をAとします。 
  小動脈内に注入する場合には、細い管の中を60mmHgの陽圧の血液を押し戻していく感じです。ヒアルロン酸というのは粘稠ですから、これが細い管に入っていくにはやはり抵抗があるでしょう。この圧をBとします。
 もしA<Bであれば、A<かつ<Bの圧は、組織には入るが小動脈内には入らない、いわば「絶対的安全注入圧」と言えます。
 簡単にいうと、非常にゆっくり、少量ずつ入れることで、組織には入るが動脈内には入らない注入手技が存在するかもしれない、ということです。
 逆にいうと、もしもこの「絶対的安全注入圧」が存在しなければ(A>Bであれば)、どんなに低圧でゆっくり入れても動脈塞栓は起こりうる=ゆっくり入れるという手技は意味が無い、ということでもあります。
 この線でまずは検討してみようと考えました。
 また、この注入圧の観点は、1の注入量の問題にも関係します。なぜなら、注入量が多くなると組織圧は高くなりますから、それにあがらって注射するために、注入圧は必然的に高くなります(パンパンに腫れるくらい注入するためには強い力で押さなければならない)。すると、動脈に針先が入ってしまった場合に、血管内にヒアルロン酸が注入されやすくなるでしょう。

4.実際にどのくらいの圧で注入しているのか?

 簡単にですが、実験して計算してみました。
 500円玉というのは、一個がだいたい1mmHgの重さとなるのだそうです(→こちら)。
 それで、レスチレインを添付の30G針をつけて逆さにして、500円玉何個乗せるとポタポタとヒアルロン酸が落下しはじめるのかを確認してみました。
 実際にやってみると、下のように500円玉26個、100円玉30個乗せて、ようやく1分間に一滴の速度で落ち始めました。100円玉を使ったのは手持ちの500円玉が無くなってしまったためです。



 「500円玉一個が1mmHg」と書きましたが、これは500円玉が500円玉の面積全体で支えられた場合の話で、この実験の場合には、レスチレインのシリンジの内筒の面積(直径6mmなので0.027cm2)で支えられていますから換算しなければなりません。500円玉一個7.2g、100円玉一個4.8gとして、(7.2×26+4.8×30)/0.027=12267g/cm2=902mmHg。
 実際に注入する際には、結構な圧を指で押してかけているようです。
 実感にそぐうかどうか確認するために、血圧計を工作して、下図のようなものを作ってみました。



 シュポシュポとマンシェットに空気を入れて、圧を200mmHgで止めてやります。次いで途中につないだ三方活栓ににつないだシリンジの内筒に指を当てながら、三方活栓を開放してやる。すると200mmHg の圧でシリンジを押したときの触感が解ります。
 圧を100→200→300と変えて、そのときの触感を指で記憶すると、だいたいこのくらいで押すと200mg、という感じが解ります。問題は900mmHg以上という実際にヒアルロン酸を注入しているであろう圧が、この装置では体験できない点ですが・・。しかし実際に300mgHgを体感してみると、900mmHgで一分に一滴しか入らない、というのはちょっと少なすぎるような気もします。

 いまのところ、ここまでです。中途半端で御免なさい。
 現在、注入圧を実際に数値化できるようなデバイスが出来ないか、知り合いの電気屋さんと検討中です。内筒を指で押す部分に圧センサーを取り付けて、数字部分は腕時計のように表示されるデバイスをイメージしているのですが、果たしてうまくできるかどうか・・。
 試作品できたら、また続き書きます。

(追記)
 鳥のもも肉と食用色素を買ってきました。さて、何が出来るのでしょうか?
 
大腿動脈からカテーテルを入れて、先ほどの血圧計と組み合わせて、70mmHgで注入します。

 動脈圧70mmHgの簡易実験モデルが出来上がりました。
 ・・本当は生きた小動物の血管使って実験したほうがいいのでしょうが、大学など研究機関でなければ出来ないですから苦肉の策です。時間がたって組織が痛んでいるため、若干色素の漏出はありますが、使えそうな血管はあります。血管内の凝結塊が心配だったのですが、血抜きがしっかりされているのでしょう、太めの血管には色素が行き渡るようです。
 このもも肉モデルを使って、いろいろ実験してみようと思います。

 続き(その2)は→こちら
 (2014年9月19日記)

スタッフの退職と二人の新人さん


 スタッフの一人が77才になって、「そろそろお暇をいただきたい」という申し出がありました。
 それで、皆で集まってお疲れ様会を催すことにしました。以前は、毎月のように食事会をしていたのですが、最近無かったので久しぶりです。
 せっかくなので、みんなの写真を撮って、ブログ記事で紹介しようと考えました。

 左から、れいこちゃん、ともちゃん、松尾さん、じゅんこちゃん、あこさん。

 ともちゃんとじゅんこちゃんは、中学高校の同級生です。今回欠席のまさよさんのバトミントン友達がともちゃんで、最初お客さんとして来ました。気に入って働きたいということになって、次にともちゃんの紹介でじゅんこちゃんがお客さんとして来て、しばらくして同様にスタッフに加わりました。

 右は、今回卒業する早川さん、左は実娘のゆかさんです。ゆかさんは引き続き働いてくれます。

花束と記念品の贈呈。

 この4人は一族と言うか・・右上はスタッフではないのですが、クリニックのインテリア関係をすべて仕切ってくれるデザイナーのともこさんで、下はスタッフのれいこちゃん(とこもさんの実妹)。れいこちゃんも最初お客さんとしていらっしゃったのですが、何年かあとでクリニックが忙しくなってきたのでスタッフに加わってもらいました。
 左下はあこさんで、この人はともこさんの義姉。上はあこさんの娘のまやちゃん。まやちゃんの姉のあきちゃんも以前クリニックで働いていました。

 左から、はづきちゃん、まやちゃん、みゆちゃん。はづきちゃんとみゆちゃんは最近勤め始めた新人です。ていうか、まだ18才。
 私には大学生の娘が一人います。「クリニック忙しくなってきたからバイトに来ないか?」と誘ったのですが、「父親のクリニックで働いても、人生の勉強にならない。よその釜のご飯を食べてきます。」と断られてしまいました。そのかわりに、「部活の後輩を紹介してあげる」とのことで、はづきちゃんとみゆちゃんが来ました。
 このところ、スタッフの平均年齢が毎年一つづつ増えるのが悩みの種だったので、この3人で一気に若返りが達成できそうです。


 左からのりこ先生、市川さん、あさこ先生。市川さんは唯一他の美容外科の勤務経験者です。市川さんも、もともとお客さんとしてうちに糸入れてもらいに来た方ですが、そのあと気に入って頂いて勤めることになりました。

 全員で記念写真。
 クリニックへにお越しいただいた際には、この中の誰か(+今回欠席のまさよさん→この人)がお世話します。クリニックへのお電話にもこのなかの誰かが応対します。

 はづきちゃんとみうちゃんのツーショット。うーん、おぼこい・・。まあ18才だもんなあ。
 若返りの秘訣は若い子と交わることです。スタッフもお客様も、この二人の醸し出す若さを吸収しましょう。

 早川さんとの3ショット。年齢に関わらず皆さん女性ですからね。助け合って競い合って互いに足らない部分を吸収し合って人生を美しく飾りましょう。若い人には若い人なりの、年長者には年長者なりの良さがあります。
 
(2014年9月10日記)