幹細胞培養液(ADSC-CM)作ってみました


以前の記事でも少し触れた(→こちら)のですが、最近、脂肪由来幹細胞培養液(ADSC-CM)を材料とした化粧品が出てきています。
うちに見学にいらっしゃった女医さんのお一人が熱心で、ご自身のおなかの脂肪を採取して幹細胞を分離培養し、自前のADSC-CMで化粧品を作ってみたい、とのことでした。
それで、先端医療推進機構(JAPSAM)の林先生をご紹介しました。脂肪採取の日に面白そうなので私も見に行きました。
脂肪採取は、肝生検や腎生検の時に使う針を用いて、ばねの力で瞬間的に行います。局所麻酔をすることもあって、さほど痛くも無さそうで、あっという間に終わりました。
それで、ちょっと好奇心をそそられて、その場で自分も採ってもらうことにしました。こんな少量の脂肪組織から、本当に幹細胞が分離培養できるのか、半信半疑で確認したい、というのもありました。
その後3ヶ月間培養してもらい、通常は廃棄してしまう使用済みの交換培地(これがADSC-CMです)を取っておいてもらいました。この中に各種成長因子が高濃度に含まれていれば、確かに脂肪由来幹細胞(ADSC)が培養されていたわけです。
論文を検索すると、ADSC-CM中の各種成長因子を測定したデータが載っているものが見つかりました(下表)。


これによると、成長因子の中ではVEGFは一番濃度が高そうです。濃度の高いもののほうが、測定はしやすいでしょうから、私と女医さん、それぞれの培地のVEGFを測定してみました。私の測定結果が下表です。


Parkらの論文の値より低いですが、VEGFは含まれています。掛け算してみると、3ヶ月で総計31ngのVEGFが採取できたことになります。女医さんのは、最高値794.2 pg/mL、総計59.863ngで、私より多かったです。
たしかに脂肪由来幹細胞が取り出されて培養されていたようですね。

それで本題、作ってみたこの幹細胞培養液、これで何をしようか?という話です。

一緒にやった女医さんの目的は、これを元に自院のオリジナルな幹細胞化粧品を作りたい、です。彼女によると、そもそもこの話に火をつけたのは韓国の企業で、ヒト幹細胞培養液(ADSC-CM)を、日本の厚生労働省に化粧品材料として届け出た上で、日本の化粧品会社や自院のオリジナル化粧品を作っている美容系医師に売り込もうという積極的な動きが数年前からあるのだそうです。
ネットで調べてみると、まとめているサイトがありました。→こちら

女医さんによれば、「韓国製のこれらの幹細胞培養液(原液)はむちゃくちゃ高い。手の届く価格の化粧品として成分に入れようとすると、ほとんどスズメの涙ほどしか入れられない。日本で健康な日本人から採取した幹細胞培養液で化粧品を作れば、安心だし、安価になるかもしれない。」とのことでした。
おっしゃることはよく解りますし、正しいと思います。
しかし、私は、別の点が気になります。
論文検索してみても、この幹細胞培養液(ADSC-CM)、臨床で実際にヒトに注射して皮膚の若返りが確認できた、という論文になかなか突き当たらないのです・・。
培養細胞や動物を用いた実験のものはあります。しかし、実際にヒトに用いた症例報告が出てこないのです。
これは、韓国の企業、とくに、中心となって活動している方々(例えばCELLINBIO研究所のDr.LeeDH→こちら)が、医師ではなく、最初から化粧品としてビジネスをする目的でやっている、という点が大きいのかもしれません。医療機関向けに注射薬として開発するよりも、化粧品のほうがマーケットが大きいでしょう。
しかし、穿って考えると、

「これ(ADSC-CM)、本当はあまり効果ないんじゃないのか?注射しても顧客満足に値する結果出ないから、化粧品用に戦略変えたんじゃないか?」

という見方も出来ます。
化粧品なら、大して効果が出なくても、消費者心理としては「なーんだ」とがっかりして次に買わなくなるだけで、クレームにはなりません。医療機関とは異なります。
また、理屈で考えても、VEGFやHGFが主成分と考えられるこのADSC-CM、さほど劇的な美容効果は想像しにくいのです・・。
血小板に含まれるPDGFは繊維芽細胞を活性化し、マクロファージなどに含まれるFGFは脂肪由来幹細胞に働いてこれを活性化します(→こちら)。
それに対して、VEGFというのは、血管新生に働き、HGFは実質細胞(肝細胞など)の再生に働く成長因子です。脂肪由来幹細胞が分裂増殖する過程でこれらを産生するというのは、直観的に納得できる話です。VEGFやHGFは例えて言うと、家を建てるときに、最後に整備する水道や電気という感じですね。
PDGFが基礎つくりで、FGFが家の構造、VEGF・HGFが仕上げの水道電気工事、という感じです。
もっとも、最初に引用したParkの論文の表を見ると、ADSC-CMには、微量ながらもFGFも含まれています。
ということは、水道電気工事だけではなく、家の構造も作ってくれるのだろうか?・・
FGFの単独注射では、大工さんが暴走して家のような構造物がボコボコに出来てしまうことがありますが、ADSC-CMというのは、細胞が産生したエキス、言わば生薬なのだから、適度にバランス良く増殖してくれるような、そういった絶妙なFGF濃度でありVEGF・HGFとのミックス、天然のカクテルであるのかもしれません。

ここはやっぱり、ちょっと自分に注射して確認してみようと思います。あと、今年で80才になるうちの母親にも注射してみよっと。
スタッフにはちょっとまだ注射できないですね。実験段階ですから。

ちなみにですが、このADSC-CMというのは、細胞を含まないので、再生医療等安全確保法の対象にはなりません。ADSC-CMさえ作製あるいは入手できれば自由に出来ます。入手も、JAPSAMのような研究機関と連携すれば、もともと捨てていたものですから比較的安価でしょう。
また、私のADSC-CMを母親に注射するように、誰か他の人の細胞を培養して得られたADSC-CMを別の人に注射するのもOKです。アレルギーや拒絶反応を起こすとは考えにくいからです。
もしも、それなりの効果のあるものであれば、近い将来、数万円でお手軽に出来る新しいメニューになっているかもしれません。

(この記事には続きがあります→こちら。)

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チュチュシュシュ(→こちら)の卓上POP作りました。
私の手作りです。なかなか可愛くできたでしょ?
(2015/08/19 記)

鶴舞公園クリニック 院長 深谷元継