ピコ秒レーザーはなぜ低出力でしみが取れるのか?(その3)


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前回(→こちら)、前々回(→こちら)、前々々回(→こちら)の続きです。

「Yahoo知恵袋」で質問してみました。
賢い方が登場して答えてくれて、すーごっくよく解ったので、転記しておきます。
数式がたくさん出てきますが、飛ばして文章だけ読んでいっても、雰囲気は解るんじゃないかと思います。
まずは私の「質問」です。

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ピコ秒レーザー(パルス幅750ps)とナノ秒レーザー(パルス幅6ns)についての質問です。
両レーザーで色素(メラニン)を分解するとき、経験的に、ピコ秒レーザーの0.5J/cm2のフルエンスによる効果が、ナノ秒レーザー2.0J/cm2のフルエンスによる効果と同等のようなのですが、フルエンスが違うのに効果が同等である理由がわかりません。
ネットで調べて、高エネルギーレーザーによる効果として、非線形吸収という概念があり、電子が分子から剥ぎ取られる結果クーロン爆発が起こってメラニンなどの分子は分解される、この非線形吸収は電場(E)の二乗が関係する、といったことを読みまして、またW=qEdといった式も見つけたので、両レーザーによるメラニン分解の効果は、フルエンスではなくてパルスのピークパワー(W)によって規定されるのだろうか?と考えました。両レーザーのピークパワーの比は、単純に計算して0.5/0.75:2.0/6=2:1と、フルエンスの比4:1よりは1:1に近いです。実測すればさらに1:1に近いかもしれません。
 一方、発生する熱は、ジュールが関係するでしょうから、フルエンス比の4:1と考えると、熱の発生を出来る限り少なくしてメラニンを分解したいという観点からは、ピコ秒レーザーが優れていると言うことになります。
 以上の私の考え方は、おかしいでしょうか?おかしい点がありましたら、なるべく解り易くご教示いただけましたら助かります。よろしくお願いいたします。
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これに対する回答として、

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的外れかも知れませんが光→熱エネルギーへの変換、特に温度上昇がメラニンを分解できる温度に達するかどうかにあるのではないかと思い、もしかして以前に調べたことが役に立つかもしれないと考え回答しています。
パルスエネルギーを金属表面に照射後の表面・内部の温度上昇を調べたことがあります。 厳密に計算することは困難なので概略を知る目的で理想状態の熱伝導方程式から求めました。
熱伝導方程式は、
∂T(z,t)/∂t = χ(∂^2T(z,t)/∂z^2)+P(t)/ρc
です。
ここで、
χ:熱拡散係数(m^2/sec) = k/ρc
k:熱伝導率(W/m K)
ρ:密度(kg/m^3)
c:比熱(J/kg K)
P(t):表面で吸収されたエネルギーパワー(W/m^2)
です。
条件は、深さのz方向のみに熱伝導するとしていること、パルス形状は矩形であることなどです。
この条件での解は、パルス幅をτとして、
0 ≦ t ≦ τにおいて
T(x,t) = (2P/k)√(χt) ierfc(z/√(4χt))
τ < t において
T(x,t) = (2P/k){√(χt) ierfc[z/√(4χt)] - √[χ(t-τ)] ierfc[z/√(4χ(t-τ))]}
ここで
ierfc(x) = (1/√π)exp(-x^2)-x(1-erf(x))
erf(x) = (2/√π)∫[0,x] exp(-s^2)ds
です。
この曲線は、深さzを固定して時間tによる温度変化をみると指数関数に類似する曲線で上昇し、最大温度に達したのち指数関数に類似する曲線で下降します。
照射後の表面の最高温度Tmは、
Tm = T(0,τ) = (2P/k√π)√(χτ)
となる。
今、波長や対象物の条件は同一とし、パルス幅と入射パワーとの関係のみに着目すると、
最高温度はP√τ = (F/τ)√τ = F/√τに比例するのでこれを材料として比較する。
以下は概算です。
ピコ秒レーザー:フルエンス 0.5J/cm^2, パルス幅 750ps
Tp = 0.5/√(750×10^(-12)) ≒ 18000
ナノ秒レーザー:フルエンス 2J/cm^2, パルス幅 6ns
Tn = 2/√(6×10^(-9)) ≒ 26000
最高温度はピコ秒:ナノ秒 = 1:1.4となります。
この計算はいろんな条件を付しての概算ですが両レーザーによる温度上昇がかなり似ているので、メラニンの分解にほぼ同等の効果があると見做せる。
すなわち、(フルエンス/パルス幅の平方根)が判断材料になるのではないでしょうか。
ただし、これはあくまでも温度がメラニン分解の主因であるとの仮定によるものですが。
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この方は、金属のレーザー加工がご専門なのでしょうか。金属は単一元素ですから熱だけを考えればいいですが、有機物の分解の場合は、分子の変化が関係してきます。
しかし、とても興味深い回答です。
イラストにすると、こんな感じです。

レーザーを照射したときの表面温度が、フルエンスのみではなく、パルス幅(の平方根)によっても規定されるとすれば、前々々回(→こちら)で紹介した、感熱紙に両レーザーを当てた実験結果の謎が解けます。
フルエンス 0.5J/cm^2, パルス幅 750psのピコレーザーと、フルエンス 2J/cm^2, パルス幅 6nsのナノレーザーの黒変の程度はほぼ同じでした。私は温度上昇や組織のやけどと言うのは、フルエンスに比例するような気がなんとなくしていたので、感熱紙の結果が不思議だったのですが、まさにそこが説明できます。
 
私のお返事です。
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ありがとうございます。1:√2は1:2よりも1:1に近いです。
実は、両レーザーをレジの感熱紙に当ててみたのですが、フルエンス 0.5J/cm^2, パルス幅 750psとフルエンス 2J/cm^2, パルス幅 6nsの黒変の程度はほぼ同じでした。私は温度上昇や組織のやけどと言うのは、フルエンスに比例するような気がなんとなくしていたので、感熱紙の結果が不思議だったのですが、そこも説明できそうですね。
 素人の質問で恐縮なのですが、メラニン分子のクーロン爆発というのは、フルエンス 0.5J/cm^2, パルス幅 750psで起き得るものなのでしょうか?(自分で計算してみろと言われそうですが自信がないです)もし起きるとしたら、それに使われたエネルギー分は、組織の熱上昇からは差し引かれる=やけどが少ない、と考えてもいいでしょうか?
感熱紙の黒変は、まさに説明つくと思うのですが、メラニンの分解が最高温度に依存するというところが、やはりどうもひっかかります。
なかなか相談できる人がおりません。よろしくお願いいたします。
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とても親切な方で、この追加質問にもお返事くださいました。それも痒いところに手が届く様に。こういうのを「神」というのでしょうか?本当にありがとうございます。

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回答をした手前少々責任を感じて調べてまとめてみました。 非専門なのであくまでも参考程度としてください。

分子がレーザー光の多光子で励起、イオン化(共鳴多光子イオン化)しさらに光励起されて分解し、生成されたフラグメントがさらに光を吸収して小さいフラグメントに分解されるという過程がメラニン分解過程のようです。励起状態中に次の光子が吸収されなければならないということから、レーザー光の強度(W/cm^2)の強さが支配的だろうと思われます。温度は電子励起のあとの電子-格子相互作用を通じて熱エネルギーが格子に伝わるもので副次的な現象と見るべきもののようです。(以前のわたくしの目的は金属表面の溶融であったのでその目的にはあっている。)

レーザーの光強度I [W/cm^2]と光の電場の振幅E [V/m]には次の関係がある。
E = 2.74×10^3 √I
レーザー光強度が強くなって10^12~10^14 W/cm^2では電場が強いので共鳴準位がなくてもイオン化する非共鳴吸収が起こる。

さらに高強度が強くなり10^15 W/cm^2になると電場Eは8.6×10^10 V/mに相当する。レーザー場からの強い電場擾乱によって生成した分子の多価イオンは、電荷間の強いクーロン反発によって速やかな 解離=「クーロン爆発」を起こす。クーロン爆発は光励起によって原子間結合を直接に切断する現象です。
750 psのピコ秒レーザーならば、7.5×10^5 J/cm^2のフルエンスが必要となり実現は難しい。クーロン爆発にはフェムト秒レーザーが不可欠となります。
パルス幅がピコ秒の時間を境にして、レーザーと物質との相互作用は熱的過程と、非熱的過程の領域に区分されるそうです。
時間の境界は、電子エネルギーから格子イオンへの緩和時間です。その時間が金属では~1psということです。フェムト秒レーザーでは熱的影響をうけない。特に金属への微細孔加工でフェムト秒レーザーでは孔周辺が加熱されないのでバリのないきれいな孔が開けられる。


以上調べた結果では、多光子共鳴吸収によるイオン化、フラグメント化がメラニン分解の過程であるようです。これによると、「フルエンス/パルス幅」が大きいことが必要です。
ピコ秒レーザー:ナノ秒レーザー = 2:1
でピコ秒レーザーが勝っているようです。
(勝っているほうの)ピコ秒レーザーでも、光強度は6.7×10^8 W/cm^2であるので、クーロン爆発の条件には達していません。

以下は参考にしたサイトです。http://optipedia.info/laser-handbook/laser-handbook-8th-section/36-5/
https://www.ims.ac.jp/public/docs/304.pdf
http://www.jspf.or.jp/Journal/PDF_JSPF/jspf2013_07/jspf2013_07-493.pdf
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屋上屋を重ねるというか、蛇足と言うか、私なりにポイントをまとめますと、

1) 両レーザーによるメラニン(有機物)の破壊は、光励起によるイオン化・フラグメント化が主。(私はたぶん、光励起によるイオン化・フラグメント化と、クーロン爆発とを混同していたのだと思います)。
2) 光励起は、光の作る電場Eによって起こり、Eは光強度(I)から導かれる(E = 2.74×10^3 √I)。
3) 従って、メラニンの破壊は、レーザーパルスのフルエンス(J /cm^2)ではなく、ピークパワー値(W/cm^2)の大小による。

補足として、
1)両レーザーによるメラニンの破壊において、熱緩和時間未満であることを考えると、熱の影響はほとんどない。冒頭の私の質問の「熱の発生を出来る限り少なくしてメラニンを分解したいという観点からは、ピコ秒レーザーが優れている」という仮説は、間違ってはいないかもしれませんが、そもそも両レーザーとも、皮膚に当てたときに熱がほとんど発生しないのだから、「優れている」とまでは言い難い。
2) ピコレーザーではクーロン爆発までは起こらない。
です。

以上考えると、少なくともピコレーザーより短パルスでは、機械のパネル表示をフルエンスではなくピークパワーにしたほうが理にかなっている、と言えそうです。

イラスト訂正しておきます。ああ、すっきりした。
(2017/06/15 記)