アートメイク色素の安全性についての考え方


鶴舞公園クリニックの今月のご予約受付は終了しました。次のご予約受付日は8月1日(火曜日、10:00-18:30)からです。7ヵ月後の来年3月分のご予約をお受けいたします。公平のためお電話のみのご予約とさせていただいております(直接来院してのご予約は受け付けておりません)。ご了解くださいm(_ _)m。
 
先回、酸化第二鉄(Fe2O3)や酸化チタン(TiO2)がレーザー照射で黒変する現象についてまとめました(→こちら)。
酸化第二鉄には、MRI検査によって発熱するリスクもあります。しかし、それらを考慮しても私は、アートメイクの茶色や赤色を出すためには、酸化第二鉄が、現状もっとも無難な素材であろうと考えます。今日はそのことについて書きます。
 
1 「FDAに認可されたアートメイク色素」は存在しない。

下は「FDA認可、アートメイク色素」で検索して出てきたクリニックのHPの一部です。例として借用しただけで、特別な意図はありません。このほかにも多数あります。



一読すると、とてもまともなことが書いてあるようにみえるのですが、私から言わせていただければ、これを書いた先生あるいはクリニックは、輸入代行業者の嘘を丸ごと信じて、これまで無資格者が施術していたのとまったく同じ知識のレベルでアートメイクをしているか、確信犯的に患者を誤解させて間違った安心感を与えようとしているか、どちらかです。
平成23年の国民生活センターのレポートの「5.海外の情報」にわかりやすくまとめられています(→こちら)。


「FDAに認可された安全なアートメイク色素を使っています」といった文言を見つけたら、それだけでそのクリニックは、少なくとも色素については無責任であると判断していいでしょう。
 
2、海外の色素はMSDS(製品安全性シート)の交付を受けておくとよい。
 
MSDS(Material Safety Data Sheet)とは「事業者が化学物質及び化学物質を含んだ製品を他の事業者に譲渡・提供する際に交付する化学物質の危険有害性情報を記載した文書」です。アートメイクを施術する医師またはクリニックは、海外製の色素を使用する際には、メーカーにこの製品情報を求めておくべきだし、それを発行しないメーカーの色素は使用するべきではありません。医師として、施術にあたって滅菌消毒に心掛けるのと同じくらいの最低限の注意義務だと私は思います。上記のクリニックのHPにおいても「メーカーからMSDSの交付を受けており、成分についてはしっかりと把握しております」といった記載であればまだ良かったのに。

3.MSDSの成分記載をどう読むか?
 
下は、アメリカのあるタトゥーインクメーカーが赤色色素である「CRIMSON RED」(→こちら)について発行しているMSDSの一部です。
成分についての記載があります。


色素成分は、C.A.S.#6655-84-1, 13463-67-7と、C.I.#12310, 77891です。

C.A.S.#6655-84-1は別名C.I. 12390 またはPigment Red 17です。一般名は3-Hydroxy-4-[(2-methyl-5-nitrophenyl)azo]-N-(2-methylphenyl)-2-naphthalenecarboxamide; 3-Hydroxy-4-[(2-methyl-5-nitrophenyl)azo]-N-(o-tolyl)naphthalene-2-carboxamidという物質で、構造式は下図です。
アメリカでは薬品(外用)および化粧品に認可されているようです(→こちら)。
 
C.I.#12310は別名C.A.S.# 6041-94-7またはPigment Red 2です。一般名は4-[(2,5-Dichlorophenyl)azo]-3-hydroxy-N-phenylnaphthalene-2-carboxamideで、構造式は下記です。


FDA  approvalのリスト(→こちら)に掲載されていないので、食品・薬品・化粧品への使用を認可されていない成分と考えられます。
 
13463-67-7と77891はいずれも酸化チタン(TiO2)です。酸化チタンは白色の色素で、色調を整えるためによく使われます。先回の記事の最初に引用した論文の症例のように、レーザーによって黒色化することがあります。
 
ここまでは読み取れるのですが、それでは、この赤色色素の主成分であるPigment Red 17とPigment Red 2を、タトゥーとして皮内に注入した時に、果たしてアレルギーや肉芽腫を生じる危険があるのか、あるとしたらどの程度の頻度で起こりうるのか、それが判りません。
Pigment Red 17のほうは外用医薬品および化粧品への添加がFDAによって認められてはいますが、これは最低限の安全性確認を済ませているというだけのことです。
たとえば、天然の赤色色素であるコチニールは、一部の人でアレルギーを生じることが判明しています(→こちら)が、FDAは食品・医薬品への添加を認めています(→こちら)。アレルギーは一部の人で起きるものであって、大多数の人にとっては問題ないからです。
 
4.アレルギーや肉芽腫のリスクは、MRIや黒色化のリスクよりも重視されるべき。
 
アートメイクというのは、皮内に色素(異物)を打ち込む操作です。アレルギーというのは、乳幼児の食物アレルギーでもそうですが、経皮感作といって、表皮内のランゲルハンス細胞と異物とが接触することから始まります。


ですから、アートメイクに用いる色素というのは、単なる皮膚表面への外用や食物添加以上に、アレルギーを起こさないよう気をつけなければなりません。工業的によく使用され、日常品に頻用されている色素であればあるほど、アレルギーを惹起したら悲惨なことになります。
しかし、アレルギーを惹起しにくい物質かどうか?の情報は、FDA認可のリストや、化学物質の構造式をいくら眺めても、出てこないのです。
 
ある物質がアレルギーを起こしやすいか起こしにくいかは、結局、医学的な症例の蓄積によります。たとえば、金属でも、ニッケルやクロム、コバルト、金や水銀はアレルギーを生じやすく、一方、鉄やチタンはアレルギーを生じにくいですが、これも過去の症例報告の蓄積から言えることです。化学物質についても、毛染めの成分であるパラフェニレンジアミンなど、アレルギーを起こしやすいことで皮膚科医の間で常識として知られているものもありますが、化学物質の数は膨大です。Pigment Red 17やPigment Red 2がアレルギーを起こしやすいのか起こしにくいのか、現時点では判りません。

そのような皮膚科学的な観点からは、酸化第二鉄にMRIで発熱するリスクがあるとか、レーザーで除去しようとすると黒色化するといった問題があるとしても、トータルで判断すると、昔から使用されていてアレルギーの報告の無い酸化第二鉄を赤色の主成分と置いたほうが、医師としては、よほど安心だし責任が持てます。MRIや黒色化の問題は、万人で生じる予想可能なリスクであり、インフォームドコンセントが取れるからです。
 
例えばですが、天然の赤色色素であるコチニールで、アートメイクをすれば、MRIの問題も黒色化の問題もクリアしますし、天然素材ということでイメージもいいでしょう。しかし、私(を含む皮膚科医)の感覚では、とんでもない暴挙です。すでに、一部の人でアレルギーを惹起することが判っており、FDAにも認可されて生活環境にあふれている色素です。アートメイクでわざわざ経皮感作を誘導したとしたら、医師として悔いても悔やみきれません。


5.新しい色素の探索は必要。

もっとも、だからと言って、新しい非金属でアレルギーや肉芽腫を生じにくい色素を探求する姿勢を否定するつもりはありません。Pigment Red 17やPigment Red 2にしろ、タトゥーやアートメイクでの施術例が増えて、しかしアレルギーや肉芽腫を起こしてこないことが症例蓄積によって明確になってくれば、酸化第二鉄よりも良い赤色系の色素ということになるでしょう。
 
私も理事を務める医療アートメイク学会の理事長である東京皮膚科形成外科の池田先生は、積極的に世界中のメーカーから色素の情報を収集したい意欲に燃えていますし、もう一人の理事である東海大学形成外科の河野先生は、レーザーの専門家という立場から黒色化をきたさない色素を見つけたいという意向が強いようです。それぞれの立場から意見交換をしつつ、力を合わせて、しかし妥協はせずに、研究開発を進めていきたいと思います。
 (2017/07/26 記)

http://fukaya.shop-pro.jp/?pid=117834468 

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鶴舞公園クリニック 院長 深谷元継